水師営會見所
旅順水師営のある農家で 、日露戦争中の1905年1月15日に、旅順軍港攻防戦の停戦条約が締結された。日本代表は第三軍司令官・乃木希典大将、ロシア代表は旅順要塞司令官・アナトーリイ・ステッセリ中将であった。ここは現在でも保存されていて、40元の入場料金を支払えば、見学可能である。現在の建物は1996年に復元されたもの。(wikipediaより)


文部省唱歌「水師営の会見」
1.
旅順開城約成りて
敵の将軍ステッセル
乃木大将と会見の
所はいずこ水師営
2.
庭に一本棗の木
弾丸あともいちじるく
くずれ残れる民屋に
今ぞ相見る二将軍

延々と続いて・・・

9.
さらばと握手ねんごろに
別れて行くや右左
砲音絶えし砲台に
ひらめき立てり日の御旗
四代目の棗の木、二本は枯れている。
4代目の「棗の木」
3本のうち2本が枯れている。
 

卓球の愛ちゃん、歳はいくつ?」と問いかけてきた中国のガイドさん。

よく似ていますね

日露の代表が向かい合った粗末なテーブルとイス。
「愛ちゃん」の説明によると写真右に日本側が、左にロシア側の代表者が着席した。
この室内は撮影禁止なので隣室から撮影。

会見所全景。
文部省唱歌「水師営の会見」に出てくる棗の木は、庭の隅に4代目の苗木が植えられていた。

閉塞作戦?
会見所の門をくぐるには、半身になってクルマの間をすり抜ける。
せめて正門前は駐禁にせねば。

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