釣島灯台(つるしまとうだい)
呉港を基点とする一日島めぐりクルーズで、津和地島、二神島に寄りながら釣島水道を横切り釣島を訪ねた。
釣島は松山市の西約5kmの海上に浮かぶ周囲約2.6km、標高152mの涙形をした小さな島である。
灯台はこの島の北西、海抜60mの斜面中腹に位置し、みかんとびわ畑に囲まれて建っている。
眼下の釣島海峡は、大陸方面から神戸・大阪に向かう船にとって、来島海峡をはじめ多くの島々が点在する
瀬戸内海の難所の西側入口にあたる。
釣島灯台は大型船舶がひっきりなしに通う海上に、毎日日没から日の出まで白と赤の閃光を放ち続ける。
(松山市教育委員会編「釣島灯台旧官舎・倉庫文化財復元のはなし」から)
この灯台は、兵庫開港に伴って設置された八灯の一つで、明治6年(1873年)6月15日点灯した。
設計、工事監督は英国人R・H・ブラトン。現地調査のため水車式蒸気船「テーボール号」でやって来た外国人に
驚き、島の女性たちは人さらいが来たと大騒ぎになったという。
灯塔だけでなく、付属の建物、宿舎等すべて石造り、石材は山口県徳山市、広島県倉橋町から運ばれ、海岸から
工事現場までの三百メートルは地面に板を敷き、丸太とロクロを使用する難工事であった。
灯台長も初代は英国人H・J・エガルト。明治初期のこの灯台で部下の日本人に英国文化に彩られた生活と技術の
指導が行われたという。
管理運用の近代化を図って、昭和38年(1963年)4月無人化された。
●位置/北緯33度53分35秒/東経132度38分19秒●塗色構造/白色 塔形石造(御影石)
●灯質/単閃白赤互光/毎16秒に白1閃光 赤1閃光●光度/白光34万カンデラ 赤7万5千カンデラ
●光達距離/白光20.5海里(約38km) 赤光18.5海里(約34km)●高さ/地上から頂部まで10.3m 水面上から灯火まで
58.2m●初点/1873年(明治6年)6月15日●管理所事務所/第六管区海上保安本部松山海上保安部
この灯台が点灯以来数多くの船人の命と貴重な財貨を人知れず救ってきたであろうことを想うとき、これからも夜毎
美しい光を沖行く船に投げ掛け続けるよう祈念するものであります。社団法人燈光会




津和地港防波堤灯台。
(背景は怒和島)

油トリ瀬灯標
(津和地島)


中腹に灯台が建つ釣島を釣島水道からのぞむ。

釣島灯台全景

釣島灯台と旧官舎

釣島灯台倉庫

灯台へ続く道は、八朔の花の香りに満ちている。


灯台 Name Plate



文化財復原のはなし

56席、19t、FRP製の「くれない2」でクルージング



















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